最高裁判所第一小法廷 平成元年(行ツ)86号 判決 1989年11月30日
東京都文京区弥生二丁目四番四号
上告人
ミヤコ、スポーツ株式會社
右代表者代表取締役
小林秀夫
右訴訟代理人弁理士
松田喬
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 吉田文毅
右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第九一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年三月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松田喬の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一)
(平成元年(行ツ)第八六号 上告人 ミヤコ、スポーツ株式會社)
上告代理人松田喬の上告理由
一上告理由第一点
原判決は「二そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1成立に争いない甲第二号証の一(本件願書)、二(手続補正書)によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりと認められる。
(一)技術的課題(目的)
本願考案は、手掌で簡単に把持できる程度の大きさで登山用、独身用等に適する携帯用ガスこんろを得ることを目的とすゐ(本願明細書第一頁第一八行ないし第二頁第一行)。
(二)構成
本願考案は、右目的を達成するためにその要旨とする構成を採用したものである(手続補正書第二頁第一一行ないし第三頁第一四行)。
別紙第一図面によってその実施例を説明すると、(1)はガス容器で、その頂部にガス注出口(2)を有する容器接続部を設けるが、右接続部は保持筒(3)中に外筒(4)を嵌装固定したものである。保持筒(3)は、外側に螺着用の螺絲を設け、間隔部(5)を置いて延長周壁部(3a)を設けたもので、この部分をガス容器(1)に固定する(明細書第二頁第一七行ないし第三頁第四行)。
(7)は外筒(4)内に嵌挿した弁板で、ガス注出口(2)に当接すゐ(同第三頁第六行及び第七行)。
(10)は栓体、(11)は栓体(10)に穿設した空洞状の受圧部であり、(14)は受圧部(11)と栓体接続部( )とを、(15)は受圧部(11)とガス噴出筒(13)とをそれぞれ連通状態に連結もたガス通路である。(12)は栓体(10)に螺入、螺戻自在に挿入した螺杆で、その円錐状の先端部( )が受圧部(11)に圧接する(同第三頁第一〇行ないし第二〇行)。
(三)作用効果
ガス容器(1)に栓体(10)を取り付けると、押圧杆(21)が弁板(7)を押下する。把持子(16)により螺杆(12)を所定の方向に回動すれば、螺杆の円錐状の先端部(12a)が受圧部(11)の入口に圧接して受圧部は閉塞され、ガス通路(14)、(15)の連通は遮断される。把持子(16)を逆回動すれば、螺杆の先端部(12a)は受圧部(11)から離間し、ガス通路(14)、(15)は連通する。また螺杆先端部(12a)の受圧部(11)に対する離間状熊の大小により、ガスの注出量を加減し得る(同第五頁第四行ないし第一四行、第二〇行ないし第二二行)。このように本願考案は、ガス通路(14)、(15)を簡単かつ確実に連通、遮断でき、ガス注出量も適宜微妙な程度に調節可能であり、またガス容器と栓体とが簡易に着脱し得ると共に、支持杆(19)、被覆皿(20)及び支持杆(19)上に載置する煮炊器等もそれぞれ分解可能であるから、携帯に至便である.(同第六頁第四行ないし第一一行)。
と判断している。
然しながら本件考案の内容は訴状請求の原因二(1)に「…その実用新案登録請求の範囲は次の通りである。」と明記して左記を明示してあり、本件考案の対象はこれに終始する。それは決して本件考案の要旨ではない。
本文に詳記するようにガス容器の頂部にガス注出口を有する容器接続部を設け、その容器接続部は開口部を下向きにした保持筒中に外筒を嵌挿固定し保持筒の外側には螺着用の螺絲を設けるとともに間隔部を存置して立上り部を延長周壁部として設けることにより構成し、外筒中に螺旋発条で押圧した弁を嵌入してこの弁と外筒の内壁間にガスの通過する間隙部を設け、かつ弁は保持筒と外筒との各天壁に貫設したガス注出口に当接し、外筒中に螺旋発条で押圧した弁を嵌入して弁をガス注出口に当接し、また、上記容器接続部に気密状態に定着、ないし、脱却可能になした栓体接続部を有する栓体に所定の範囲で螺入、螺戻自在の螺杆を挿入してその先端部の押接、離脱によりガス通路の開閉可能な空洞状の受圧部を設け、この受圧部と連通するガス通路の端部を上記栓体接続部に開口し、そして栓体に栓体接続部と対立する反対側にガス噴出筒を突設し、これを貫通するガス通路と上記受圧部とを連通させ、上記ガス容器と栓体とより成る携帯用ガス〓炉。(昭和五十八年十一月二十一日付明細書に係る手続補正書参照。)
右実用新案登録請求の範囲として明示した本件考案は実用新案法第二条第一項の規定により「技術的思想」たるものであるから、精神現象学、ないし、世界の容認する文化観念の論理に徴し発生論的、行為論的観点に於て論議すべきは理の必然であって、これを初等数学的形式論法、あるいは、既に地球上に存在し、ないし、同存在事実をなしている対象を論議する論法を以て臨むことは許容されないこと明確である。これを換言すれば、右行為論はその内容に悉く本来的な目的が共存し、目的なき行為は無内容に失し、法律論、あるいは、文化観念にいう行為というを得ず、発生論も、また、無内容な対象を殊更人間が発生させることはこれが発生せざると同然なりというを得る。故に実用新案法令上の目的、作用、効果は実用新案登録請求の範囲に於ける麦示より直感を以て、あるいは、必然的な推論、推理により類推し得る事項は必ずしも重複して表現するの要なく、合理性と妥当性とは場合、場合にり相違するものを招来すると雖も(ケース、バイ、ケース)、考案が容易に実施し得る程度にその考案の目的、構成及び効果を表現することを実用新案法は要求しているに外ならず(同法第五条第三項の規定)、また、一面同法施行規則第二条による様式第3備考13イに於て考案の目的は産業上の利用分野を表現することのみを以てしてもその目的表現は充足性ある趣旨が例示され、従来の慣習、条理に徴するも上告人が右論述するところは肯定されていること疑いを容れず、少くとも実用新案登録請求の範囲に明示されている実用新案法上の考案内容、ないし、これを構成する一部が法令上考案内容の実を失う如きことはあり得べからざる事項である。本件考案に於ける実用新案登録請求の範囲その他明細書の表示、また、然り。加うるに、原判決は本件考案の実用新案登録請求の範囲を本件考案の「要旨」なりと断定しているが、本件考案の実用新案登録請求の範囲は本件考案の全部である。故に右本件考案の全部を本件考案の要旨なりとし、然も「その要旨とする構成を採用したものである」との言辞を使用し、そして実施例を原判決に表現しているところに徴し本件考案の対象が頗る不明瞭となり本件考案の実施例の要旨が本件考案なりとしている疑いを抱くに十分なものがあって、実施例は本件考案に非ざること右実用新案法第二条第一項の規定に徴し明確なものであるから原判決は本件考案の対象に対し確定なし得ざる認定をなしたものであり、即ち、無内容な認定をなしたものに外ならないから論旨として成立して居らず、民事訴訟法第三百九十五条第六号理由に齟齬ある原判決たることは歴然たるものがある。更に原判決は本件考案に付いて、本件考案の表示中「上記」とあるを「前記」と訂正し、また、同「そして」とある表示を除却して本件考案の要旨なるものを作成しているが、上告人は「上記」とは「その個所から上方の表示、ないし、こまでの考案構成の意味で使用して居り、即ち、英語を以てするならば「ago」の意味」で使用しているが、原判決は英語を以てするならば「before」の意味で使用しているものであり、また、「そして」はこれにも本件考案固有性の考案概念を成立させるに必要なしというを得ざるものありとして上告人は使用しているものであるから原判決は右本件考案の内容把握に不明瞭な謂われを軽微ながら増強しているものがある。
二上告理由第二点
原判決は
2相違点<1>の判断について
成立に争いない甲第四号証の一によれば、引用例1記載の発明の特許請求の範囲には「ソケット内にほぼ密封係合状態にねじで固着されたバーナー」と記載され、かつ、その第3図には取付ソケット9とバーナー3のねぢ山附き部分3とが密封係合状態で螺合していることが示されていると認められるから、引用例1記載のバーナー3は、そのねぢ山附き部分3を取付ソケット9に定着することによって取付ソケット9上全面に気密状態に保持され得るものであることが明らかである(別紙第二図面参照)。
したがって、引用例1記載の発明における容器接続部も、本願考案の容器接続部と同様に、栓体が容器接続部の上全面に気密状態に保持される作用効果を奏するものであって、両者の容器接続部の構成によって生ずる作用効果には差異がなく、本願考案の相違点<1>のように構成することは単なる設計事項にすぎないというべきであるから、相違点<1>の判断に関する原告の主張は理由がない。
と判断している。
然しながら原判決判断の如く両者の容器接続部の構成によって生ずる作用効果には差異がないという理由により、本願考案の相違点<1>のように構成することは単なる設計事項にすぎないというべきであるからとする原判決の論理は成立しない。然も原判決が右「両者の容器接続部の構成によって生ずる作用効果には差異がない」とするところは実際には作用効果に係る属性の一つたるに過ぎず、即ち、両者め作用効果の抽象、ないし、帰納を求めているに外ならず、両者の具体的作用効果には根底的な相違が存する。そして両者間には事実真理(理科学的、工学的な地球自体の真理に対立した精神現象的真理をいう。)、実践的事実が根底的に相違している。即ち、原判決の判断部分を本件考案と引用例1との各全体が有するそれぞれの相互補足的観点に於て論議を進めればいわゆる、同一律、充足理由律に徴し両者は根底的な相違が明確であり、原判決はこれ等同一律、充足理由律を全く無視しているものであって、その判断は民事訴訟法第三百九十五条第六号規定の理由に齟齬がある判決に該当する。
三上告理由第三点
原判決は「3」相違原点<2>の判断について
原告は、引用例1記載の発明の特許請求の範囲に「平素閉じた位置に向って偏待された弁を収容するバーナー取付ソケット」と記載されていることを根拠として、引用例1記載の発明は、弁の中心が取付ソケットの中心に対して偏寄していることを構成要件とする旨主張する。
しかしながら、前掲甲第四号証の一によれば、引用例1の発明の詳細な説明には「バーナーがその位置にねじ込まれた時自動的に有効になり」(第一頁右欄第一行及び第二行)、「12は前記閉塞弁(自動閉塞弁8)に連結されたピンであり且つ此のピン12によって弁8はバーナーのねぢ山附き部分3が取付ソケット9にねじ込まれた時スプリング13の作用に抗して開かれる。」(第一頁右欄第二五行ないし第二八行)と記載され、特許請求の範囲にも「弁を開いた位置に維持して燃料をこの弁を通って(中略)流れさせ得るように(中略)固着されたバーナー」と記載され、また、第2図には自動閉塞弁8がスプリング13の作用により弁座10に当たって閉じている状態が、第3図にはバーナーのねぢ山附き部分3が取付ソケット9にねぢ込まれることにより自動閉塞弁8がスプリング13の作用に抗して弁座10から離れ開いている状態が示されていることが認められるから、前記特許請求の範囲の「平素閉じた位置に向って偏待された弁」とは、バーナーのねぢ山附き部分3が取付ソケット9にねじ込まれない限りスプリング13の作用によって閉じた位置に固定されている弁を意味することが明らかであって、これをその中心が取付ソケットの中心に対して偏寄している弁と解すべき根拠は引用例1の記載中にはない。
したがって、引用例1記載の弁の構成に関する原告の主張は理由がない。
そして、引用例1記載の発明は、自動閉塞弁に連結されたピンによって前記自動閉塞弁はバーナーのねぢ山附き部分が取付ソケットにねじ込まれた時にスプリング作用に抗して開かれる構成によりガスは弁座を通じてバーナーへ達する作用効果を奏することは明らかであり、右作用効果は、本願考案の相違点<2>に係る構成、すなわち「弁と外筒の内壁間にガスの通過する間隙間部を設け、かつ、弁は保持筒と外筒との各天壁に貫設したガス注出口に当設している」構成により奏する作用効果と格別相違するものではない(前掲甲第二号証の一、二によれば、本願明細書には、右構成によって格別の作用効果を奏することについての記載は存しないことが認められる。)から本願考案の相違点<2>のように構成することは単なる設計事項にすぎないというべきである。
と判断している。
然しながら、引用例1に於て、その特許請求の範囲の冒頭に「平素閉じた位置に向って偏待された弁を収容する…」とあるは、その「…向って偏待…」の文句があるところに徴し、実施例に於ては第2図に於て弁部材2のある個所であって、特許請求の範囲に於てはかかる具体的構造のみならず、他の構造をも包含させる意図のために右「平素閉じた」の文句を使用したものと思維され、更に進んで具体的には容器1から右弁部材のある個所へ通ずるガス通路と容器1の燃料注出開閉弁との位置のずれを称しているものであり、それは容器1内の燃料(ガス)がバーナー3に強烈に噴射しバーナーに対する良好な点火、円滑に燃焼させこるとの阻害性を発現することを防止するにあって、本件考案と引用例1とはこの比較部分を含有する全体としての事実真理として根底的に相違していること明確であり、右上告理由第二点と同理により原判決の判断は民事訴訟法第三百九十五条第六号規定の理由に齟齬がある判決である。
四上告理由第四点
原判決は4相違点<3>の判断について
本願考案の空洞状の受圧部(11)は、前記のとおり、螺杆(12)の円錐状の先端部(12a)の押設、離脱によって開閉されるものであるが、右先端部(12a)は、別紙第一図面の第1図に示れているようにガス通路(14)、すなわちガスの流入口の方向に細くなる錐状に形成されている。
一方、成立に争いない甲第四号証の二によれば、引用例2には、「閉子7には、ガス開閉孔15、ニードル弁孔16、ガス通過孔17が設けられ、ガス流入口4から(中略)ガス開閉孔15を介してニードル弁孔16、ガス通過孔17を経てノズル取付ネジ部3に連通している。」(第二欄第一七行ないし第二一行)、「ニードル20の先端部はニードル弁孔16と接離調節され該弁孔を開閉可能にしており」(第二欄第二五行及び第二六行)、「ガスの微調整をコックに内蔵したニードル弁によって行うことが出来る」(第四欄第八行及び第九行)と記載され、第1図にはガスコックの縦断図(別紙第三図面参照)が示されていることが認められる。そうすると右ガス開閉孔15は本願考案にいう空洞状の受圧部に相当し、これをニードル20の先端部の接離調節によって開閉する構成は本願考案の前記構成と同一ということができる。もっとも、右ガス開閉孔15を開閉するニードル20の先端部は、ニードル弁孔16すなわちガスの流出口の方向に細くなる錐状に形成されており、本願考案の螺杆(12)の先端部(12a)とは錐状の方向が相違する。しかしながら、受圧部を開閉する螺杆あるいはニードルの先端部がガスの流入口の方向に細くなる錐状に形成されている場合においても、ガスの流出口の方向に細くなる錐状に形成されている場合においても、ニードルの先端部の方向の如何にかかわらず、ガス通路を簡単、確実に〓通、遮断することができ、また、ガス流量を大小適宜に調節でき、特にその微調節もなし得るという作用効果を奏するものであって、そのいずれの構成を採用するかによる作用効果上の差異は存しない。しかも、ガス器具の流量調節弁において、本願考案のようにニードルの先端部がガスの流入口の方向に細くなる錐状に形成されている構成が新規のものであってこの点に本願考案の技術的意義が存するものと認めるに足りる証拠も存しない。
したがって、引用例2の記戴事項に基づいて本願考案の相違点<3>のように構成することは、当業者がきわめて容易に考え得る程度のことというべきである。
然しながら本件考案と引用例2とは右事実真理を根底的に異別にし原判決の如く被上告人の原審に於ける所言を取上げで両者を比較すること自体無内容に失し、原判決の論旨は論理上成立していない。よって原判決は民事訴訟法第三百九十五条第六号に規定する理由に齟齬がある判決である。
五上告理由第五点
原判決は実用新案法第二条第一項に規定する考案が「技術的思想」であるという法令に依拠した判断をしていないから民事訴訟法第三百九十四条に規定する法令違背の判決である。その判決に影響を及ぼすこと明かな法令違背たる誤った論旨に依拠していること言を俟たない。
以上